職員紹介

2026年 4月更新
今回のテーマ 25年前は何してた?25年後は何してる?
アンサー税理士法人のスタッフをご紹介します! (毎回テーマを決めてコメントしています)

 

小園 元一

所長 代表社員 税理士

小園 元一


 25年前は税理士を目指して勉強し始めていた頃。今あらためて客観的に振り返ると、なかなか頑張ってるなぁと褒めてあげたいです。24歳にもなって正社員として働くわけでもなく、税理士事務所(アンサーとは違います。)でバイトしながら、なれるかどうかも怪しい資格の勉強って。親は『こいつ大丈夫か…』と毎日心配だったことでしょう。妹が看護師、弟が消防士になり、自分は実家暮らしで、いわゆる【肩身の狭い長男】。家に帰ると、自分に漂う準レギュラー感。立派な社会人と化した友人と食事をしても、味わうのは、なんとも言えない【取り残され感】。バイトの稼ぎはというと、最低賃金623円。1日6時間、週4日働いて、月収は6万円ほど。学生時代よりも超低収入でした。実務も学べる観点で選んだわけですから文句は言えませんが正直キツかったなぁと。半分をまず来年の専門学校費用のために貯金して700円~800円だけ毎日使い、うまくいけばだいたい1万円ほどあまるので、それを実家に納付してました。財布の中身はいつも合格祈願のお守りとかわいい小銭のみ(涙)。この頃一度結婚式の招待状が届き、こっそり捨てたことがあり、人間的にもいよいよ崩壊していました。親を頼っても良かったかもしれません、でもそうすると自分と友人を比較され、その成長の落差に『こいつは大丈夫か…』とまた親に思わせることになるんちゃうかとか(いや、思わせるじゃなく思われると思ったのかも…)、あいつなら解ってくれるとか、色々考えた末の暴挙。(のちに再会し、今となっては笑い話になっています。)

こうして私の周りからは友人がどんどんいなくなったのでした。

それでも、当時の自分は擦れることなく、ただ真面目に、必死に自分勝手に黙々と生きていました。私はいかなる状況でも集中力があるので(笑)、現状の生活そのものに集中し周囲の雑音を遮断することができます。頭の中にあったのは常に人生大逆転までのストーリー。持って生まれた性質がプラス思考ですから、前だけみて、タオルを頭から被りながら(当時の私の中でバズっていた集中力倍増の勉強スタイル)、ひたすら勉強に打ち込んでいました。捕らぬ狸の皮算用も得意な方で、あと何年で税理士になるって計算はもはや日課。もちろん毎年計画の修正が必要だったわけですが。でも今の自分があるのは、あの時の決意とその能天気な性格のおかげだと心から思います。当時の自分には感謝しかありません。よく頑張った!

 さて、25年後は74歳というわけですが、趣味の音楽制作を生かして新たなビジネスを始めていたいですね。生涯現役。ミニシアター系の映画音楽とかできないかなぁ。観客が沸いているイメージすぐ浮かびます。そのためには一回ドイツに行かないと。やっぱり音楽はドイツです。ドイツは音楽理論・教育レベルが高いんですよ。74歳はドイツに行って音楽を勉強してると思います。ドイツに行ってきます!

 

西野 弘美

共同代表社員 税理士

西野 弘美


 25年前は17才!もっと大人かなって思ったらまさかの高校生でびっくり。さらに今16才の娘と1つしか変わらないってことにもびっくりですが、26才で産んだんやから当たり前でした。
高校生の自分は今考えると愚か者で、部活の顧問と衝突して部活辞めたりしてました。でもよく考えたら今もあんまり成長してないような?
高校生活はそれなりに楽しんでましたが、集団行動が苦手で、あんまり協調性はなかったですね。最近、沖縄1人旅で日々のゴタゴタから開放されて1人でいることにこの上ない幸せを感じた時に、自分の本質を思い出した気がしました。(幸せすぎて国際通りを歩いてる時やカフェで読書をしてる時、素面なのに泣きそうでした。)
で、25年後に何してたいか…。
今、第三の人生の始まりを感じていて、25年後にはその第三の人生が終わろうとしてるころかなと。
今まで周りに助けられてきた分、これからは仕事でもプライベートでも人と社会に貢献できる生き方をしたいです。
25年後くらいには満足感と達成感を持って仕事を引退してたいなぁ…。引退後は、ベッドで1日中ゴロゴロ生活やめて、憧れの「丁寧な暮らし」したいです!

 

足立 由美

監査担当

足立 由美


25年前34歳でした。
すでにこちらの事務所で働いていました。
当時の業務日報を振り返って見てみました。
関与先様への自計化システム(FX2やPX2)導入もこの頃だったようです。
それまでの仕事では、〇〇会社の事務員さんという立場でしか
働いたことがなく、関与先様の担当を持たせてもらったり、
名刺も初めて持ちました。
大変なことも沢山あったと思いますが、充実した毎日だったと記憶しています。
プライベートでは、コブクロの追っかけをしていて、ライブツアーが発表されれば、今回はどこに遠征しようか?とワクワクし、遠征とライブ後の飲みを生きがいにしていました。


25年後84歳です。
生きているでしょうか?(笑)
もし生きているなら、認知症にはなっていませんように。
元気でいることに越したことはないです。
老後の趣味として、コーラスみたいな皆で歌を歌うような
事が出来ていればいいなと思います。

 

高橋 厚志

監査担当

高橋 厚志


「25年前は何してた?」
当時24歳ですね。滅茶苦茶元気に月2~3本ライブハウスに行っていました!
その前年の2000年にブランキージェットシティというバンドが解散したのですが結局1回もライブを観られなかったので、気になるライブは全部行くみたいな感じでシャカリキになっていた時期でした。
「25年後は何してたい?」
なんと74歳ですか…。さすがにライブハウスには行ってないでしょうね~(多分)
でもどこかの野外フェスの後方芝生エリアで日向ぼっこしながら音楽聞いてるような気がします。

 

松尾 健

監査担当

松尾 健


25年前に何してた?
25年前、2001年に大阪の ユニバーサル・スタジオ・ジャパン が開業し、大阪にもこんな大きなテーマパークが出来たんだと思いました。
当時の1デイ・スタジオ・パス(大人)の価格は5,500円でした。今ほどアトラクションも多くはありませんでしたが、その分ひとつひとつの感動が大きく、特にハリウッドの雰囲気やパレードの華やかさに心を奪われました。友人と笑い合いながら過ごした時間は、25年経った今でも大切な思い出になっています。

25年後に何してたい?
25年後の旅行は今より気軽なものになっているのではないかと思います。
その頃には、自動通訳ができるイヤホンやメガネ型のデバイスが当たり前になり、現地の人との会話もまるで日本語で話しているかのように自然にできるようになっていると思います。
75歳になった自分が、好きな時に好きな国へ出かけ、言葉を気にせずその土地の空気や人との出会いを楽しんでいるのではないかと思います。

 

松尾 健

監査担当

小花 皓朗


25年前に何してた?
25年前のことは記憶がはっきりしていないため、あくまで想像になりますが、小学校に入学したばかりの頃で、新しい環境に少し緊張しながらも、毎日を新鮮な気持ちで過ごしていたのではないかと思います。初めてのことに戸惑いながらも、一つずつできることが増えていくことに喜びを感じていた、そんな時期だったのではないでしょうか。

25年後に何してたい?
25年後は、「この人がいると安心する」と言ってもらえるような存在になっていたいです。
日々の実務で培った経験や知識を活かしながら、自分なりの強みを磨き続けていきたいと考えています。お客様や所内のメンバーから信頼され、気軽に相談してもらえるような立場であり続けることが目標です。
また、仕事だけに偏るのではなく、プライベートの時間も大切にしながら、無理なく長く働き続けられる自分でいたいと思います。

 

松尾 健

監査担当

小原 奈津子


25年前は、小学生6年生でした。
このときは、モーニング娘。がクラスで流行っていて、クラスの女子全員でダンスを完コピして、踊ってました!
恋愛レボリューション21や、ハッピーサマーウェディングや、ミニモニのじゃんけんぴょんとか♪
今でも、音楽を聞くと体が勝手に…と言いたいところですが、
年の流れの変化で全く踊れず、、、、皆さんに披露できないのが残念です。笑 ちなみに、推しは、なっちでした!!

そして、25年後…60代の自分はどうなっているのでしょうか?
定年退職してる年齢なので、
希望としては、毎日好きなことしていたいですねー☆彡
カフェ巡りして、ゴルフして、温泉三昧みたいな生活(*^^*)
想像していたら、なんだか幸せな気持ちに♪
25年後好きなことして暮らしていける体力を、今からつけていかないとっ(>_<)

 

松尾 健

監査担当

佐藤 亮介

25年前の私は小学5年生でした。
当時、消費税は5%で、所得税の納税義務も無く、将来のことも考えることなく、
毎日を無邪気に過ごしていました。
今、思えばあの時が人生のピークでした。

そして25年後、私は還暦を迎えます。
長年勤めたアンサー税理士法人を定年退職し、
子どもたちもそれぞれの道へ進み、家の中には静かな時間が流れているのではないでしょうか。
誰もいない子供部屋を眺めながら、妻と二人で、これからの人生について考えているかもしれません。
妻がディズニー好きなので、大阪の家を売却して、千葉に平屋(1LDK)を購入するのもいいかなと思います。平日朝のJR京葉線、通勤に追われているサラリーマンを肴に呉春を味わいながら、ミッキーに会いに行く人生も良いなと思います。

そして、25年後に、「25年前は良かった」と思えるように今日を精一杯生きていきたいと思います。


 


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